最近、高齢両親の代わりに親戚の叔母や従兄たちと話す機会が多くなりました。
よくよく考えてみると高齢両親の介護当番で実家へ日参するようになる前は、たぶん40年以上は親戚の人たちとまともに会話したことなんてなかったかも。
お葬式やお見舞いなどで会うくらい。
「お久しぶりです」「ご無沙汰してます」「あっ、どうも……」くらいの会話だった気がする😅
親戚づきあい……とにかく苦手でした。
私は特に……未婚だったから😁
高齢両親が入院したりすればみんなお見舞いに駆け付けてくれたりしましたが、その時も家の内情なんて親戚の人には話さないから「お父さんとお母さんの面倒見てやってよ‼」みたいなこと言われれば……
「みてるわっ!ボケ‼」
と……心の中で思ったりしていて、とにかく付き合いが億劫だったりしました。
でも、実家へ高齢両親の介護に日参するようになってから、実際の家の内情を叔母さんたちに色々とぶっちゃけて話をするようになってから、とても気が楽になりました。
私がぶっちゃけると叔母さんたちも自分たちの家の内情を色々とぶっちゃけてくれたりして……
はたから見ているのと現実とでは全然違う‼
ということが色々と分かったんです。
それからは隠すことなく色々とお互いに話したりできてとても気が楽になりました。
高齢両親は昔の人だから兄や姉として「ちゃんとしている、生活には困っていない」と妹たちには見られたいプライドが長年あったのでしょうが、現実はあの掘っ立て小屋に60年も住んでいるわけで、見た目通りの貧乏なのです😁
高齢両親にとっては多少のプライドもあって妹たちに真実は話しづらいこともあったと思うけど、そんなちっぽけな高齢両親のプライドを私は無視(笑)
高齢両親のちっぽけなプライドを守って叔母たちに見栄という壁を作ったままにしておくよりも「ぶっちゃけて真実を話す」方が色んなことも理解してもらえてよかったなと今は思っています。
叔母たちも同じで家庭内で色んな事があっても、見栄と言うか「そこまでは話せないな」という思いがあったみたいです。
叔母たちが色々と家庭の内情などをぶっちゃけてくれて……私にとっても今までの叔母たちへの印象が全く違って見えてきて、今は距離がとても近づいた気がします。
ちなみによく話す叔母たちは高齢父の兄妹で、高齢父は兄弟が多い。
長男と末っ子の叔母は20歳以上も歳が離れております。
なので末っ子の叔母と私は15歳くらいの年の差。
もう長男の叔父を含めてほとんど亡くなってしまっています。
男兄弟はみんな亡くなり、生きているのは高齢父だけになってしまいました。
従兄たちも同じで、小学生時代以降は縁遠くなって、今思えば40年近くはほとんどまともな会話はしたことなかった(笑)
近所に住んでいる一番近い従兄にだってたまに会うと「おう、元気か?」くらいの会話でした😅
特に私は実家の掘っ立て小屋から早く脱出したくて、40年近く前から一人暮らしを始めたから親戚の人たちとは余計に距離が遠くなっていたのかも。
でも、両親の高齢化に伴ってお互いに代理で親戚の行事に(親が入院したとかの緊急の連絡、お葬式やお彼岸の挨拶など)出席することが多くなってから、40年の時を超えて色々と話すようになりました。
最近、思うんです。
隠し事とかなしに色々とぶっちゃけて話す方が変に悩まなくなった。と……
最初の頃は叔母たちとは話しづらさや距離感がつかめなかったから、今現在の困窮生活のことも介護生活の悩みも誰にも話せなかった。
でも今は色んなことをぶっちゃけてしまったので、悩まずに相談できる。
親戚だからこそぶっちゃけて話せた事であって、同じようにいつもお世話になっている実家のお隣さんなどにはそこまでは絶対に言えないことだとは思っています。
はたから見ていると、とても好印象の人が実は「えぇ~」と驚くこともあったりしますよね。
挨拶するといつも優しそうな娘さんや嫁さん。
外から見ると大きな綺麗なお家に住んでいて、その家の人は外出時はすごく小綺麗にしているけど、家の中は足の踏み場もないくらいのゴミ屋敷だったり。
いつも噂話で悪口ばっかり聞いていたからあまりいい印象を持っていなかった嫁さんが、実はお姑さんが施設に入るまでの3年間も下の世話含めて献身的に介護していたとか……
いつもニコニコと優しそうな笑顔で小綺麗な見た目だと「優しい人なんだろうなぁ~家の中も綺麗なんだろうなぁ~」と思ってしまうし、あまり愛想笑いもない素っ気ない人だと「冷たそうだなぁ~」と……見た目だけで判断してしまうこともあったけど……
「人は見た目では分からない」
当事者ではない人の噂話を鵜吞みにしてはいけないし、見た目だけで勝手に脳内素敵な人認定もできないんだな。と改めて思ったのでした。
*今日の日記は予約投稿しています。ご了承ください。

