映画『怪物』を見た感想とN氏の問題→週間文春の記事訂正問題

2025/01/28

おひとりさま日記

 


昨日の夕方16時頃から始まったN氏の問題での8チャンネルの会見ですが、バイトから帰ってきた23時になってもまだ行われていてビックリしました。

結局深夜2時過ぎに会見は終了したみたいですが(途中で寝ました)

今朝起きてからダイジェストになっている部分を少し見ましたけど、フリーや個人のほぼ一般人の方の質問は、要点を得ない週刊誌報道鵜呑みの感情的で下品な質問が多くて、視聴者の大半が知りたい事とはかけ離れていて……

守秘義務や被害者の方の個人情報保護のためにも答えられないこともあることをいいことに、記者(一般人並み)が恫喝するような場面が多くてとても見ていられなかった。

もっと冷静に核心部分を質問して欲しいと思う。

前回の会見同様にとてもグダグダな会見が続いていたように思えました。



先日、映画『怪物』を観ました。

映画を見る前は、映画のポスターから勝手に連想して、罪の意識を持たない(分からない)子供たちが残酷なモンスター(怪物)級事件を引き起こすようなストーリーなのかと思っていました。

ですが全く違った。



映画「怪物」


【あらすじ】

大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子供たち。

それは、よくある子供同士のケンカに見えた。

しかし、彼らの食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大事になっていく。

そしてある嵐の朝、子供たちは忽然と姿を消した―



映画を観る者に序盤は「怪物はだれなのか?」と問いかけ、映画を見終わった後はその解釈は見た人に委ねる構造だと思う。

主要人物たちの誰もが他者から見れば「怪物」に映り得ると同時に、彼ら自身が抱える心の中の「怪物」にも目を向ける必要がある。


怪物とはいったい何か?


映画の序盤に主人公の湊は自分自身の中には「豚の脳がある」という謎めいた言葉で母を惑わす。

映画も終盤に差し掛かるとその言葉は、親友の星川の父が息子に言い放った言葉であり、その根源はLGBTに由来し、主人公の湊が映画の序盤に放った言葉は「それだ」ということが分かっていきます。


この作品が示す数々の怪物。


その一つが、他人を奇異な目でみたり、思い込みや噂話が膨れ上がって面白半分に犯人探しをする目、そして同調圧力の眼。


これはストレートに視聴者にも向けられている気がしました。


一人だけの視点で物語を見た時「こいつが怪物」

その怪物だと思った人物の視点で見た時は「あいつこそ怪物だったか」

あいつこそ怪物と思った人物の視点で見た時は「やっぱりあっちが怪物?」


それぞれの視点で見たストーリーを見終わってからでないと、真実なんて分からない。

その事に気付かされる。


この作品のテーマは奥が深すぎる。

特に最後のシーンは意味深で、見る人によってとらえ方は異なるかもしれません。


私が思ったのは子供たちにとっては「別の世界の朝」のように感じた。

別な朝は現実の世界ではあるけれども、嵐の後に生まれ変わった別の世界…

嵐という怪物によって、彼らは彼らの心の中にしまい込んでいた本当の自分を解放して、勇気をもって現実の世界で生きていこうと決断した「今までとは別の世界」へと走り出したような気がしました。



全ての登場人物の視点をみて、映画を見終わった後……


「怪物だ~れだ」


というキャッチコピーが頭に浮かんできました。


映画の全編を通じて犯人探しをしていた自分こそ、怪物なんじゃないだろうか。

あいつこそ、あっちだったか、いややっぱりこいつか……


でも、映画を見終わった後は「本当は怪物なんていなかった」と思い知らされる。



もっとちゃんと包み隠さず一人一人が相手の話しに耳を傾け、キチンと相手と向き合って話し合っていれば……

でも、一度歯車の狂った自分の強い思い込みは……

自分が想像したとおりの納得のいく着地点を迎えなければ……

誰もが怪物になり得る。


そんな風に思えました。


映画が始まってすぐに母と息子が車に乗っているシーンで、母親が息子に向けて言う何気ない言葉。


「あなたが結婚して家族を持つまではお母さん頑張るよ」

「どこにでもある普通の家族で良いの」


映画を見終わってからでないと分からないのですが、この母親の当たり前のように放った言葉が、現在息子の抱える悩みをさらに苦しめ、そして息子の「たった1つの嘘」に繋がって、人間の思い込みや勘違い、人々の噂話・憶測に推察が雪だるま式に膨れ上がっていつの間にか怪物となって真実をも捻じ曲げられ社会に襲いかかっていく。

そんな映画だと思いました。




まとめ


この映画と現在問題となっている8チャンネルとN氏、被害者でもあるX子さんの問題を絡めて話すのは不適切ではあると思っています。不快に思う意見もあるでしょう。

でもこの映画を見たからこそ当事者と言われている方たちの3つの視点からの言葉以外からは何も真実は見えてこないと思っています。

今後もセンシティブな問題と守秘義務というくくりで何も開示できないとは思います。

現在も「許せない」「大変な事案」「到底考えられない事案」

週刊誌の報道も否定せず、ですがN氏やA氏への聞き取りでは「大変な事案」扱いはせずに問題を保留し、ことが公になったら「到底考えられない事案」「N氏に怒りすら覚える」などと発言。

答えがチグハグで謝罪会見を開くたびに、憶測がどんどん雪だるま式に膨れてしまう。

また今回一番問題となっている8チャンネルの社員であるAプロデューサーは無関係なのか?の答えは「無関係です」でした。

A氏のメールやSNSなどのチェックもしたそうですが、業務命令であったのならX子さんにも証拠メールなどを提出してもらい照らし合わせて証明して貰えばいいと思う。

もちろんN氏にも同じように提出してもらえばいい。

N氏とX子さんとの密室での問題は示談した二人だけの問題。

密室で起こった出来事なので本当のことは二人にしか分からないと思う。

そこに8チャンネルの幹部プロデューサーA氏がN氏とともにX子さんを騙すような事を仕組んだのか?

8チャンネルができる限りの証拠を提示して証明しなければいけないのはその問題なのではないのかな?


おっさんになったとはいえN氏は元スーパーアイドル。

N氏が10代の頃から応援していたファンの人たちにとってはかけがえのない存在だったわけで、N氏を信じている人もいると思います。

何があったのかの詳細はセンシティブな問題なので公表しなくていい。

ファンの嘆きの矛先が被害者に向かわないように、第三者委員会の調査では3つの視点から調査して騒動を終わらせてほしいと思っています。


前回の会見は動画なし、記者も厳選だったらしく不評だったみたいですが、今回の誰でもOK記者会見を見ていたら、下品な質問や自分語り・思想の偏った活動家並みのフリーと言うただの野次馬記者は締め出すことも大事なのだと思いました。

今回の記者会見を見ていて、8チャンネルの方たちは守秘義務や個人情報保護もあり答えられないジレンマがあったと思う。

事を公にすれば話は簡単ですが、精神的な負担が被害者の方にあってはいけないという保護の元では語れる範囲は限られてくる。

答えられることには誠実に答えていたと私は思いました。



ここまで日記を書いていたら……

問題の発端となった週刊文春の記事がしれっと記事を訂正したそうです。


週刊文春 中居正広氏報道の一部「訂正」を掲載 フジ会食に関する女性の証言「お詫びして訂正いたします」

「本記事(12月26日発売号掲載)では事件当日の会食について『X子さんはフジ編成幹部A氏に誘われた』としていましたが、その後の取材により『X子さんは中居に誘われた』『A氏がセッティングしている会の”延長”と認識していた』ということがわかりました」と説明。「お詫びして訂正いたします」と呼びかけた。

ヤフーニュースより一部引用

引用元:https://news.yahoo.co.jp/articles/97a0bcbed0700cb1383d7c33f1b26792e91abaf0


8チャンネルの社員であるA氏の関与がなかったとしたら……A氏とN氏に「はめられたと思った」は成立しなくなり、この問題の捉え方は全く違ってくると思います。


何だか本当に映画「怪物」の展開と同じように思えてしまいます。


この話題は第三者委員会の報告が出るまで静かに見守り、この話題の裏で物価高でもノー天気に「楽しい日本」などとほざいている政府の監視を記者さんたちにはお願いしたいものです。


*私の書いた文章で心を痛めた方がいらっしゃったら申し訳ありません。




今日も読んで下さりありがとうございました。



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